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柘榴坂の仇討 : 武士道の本質を描いた作品2014年09月28日 15:54

柘榴坂の仇討
 兵庫県議会、またまた面白い奴が出てきました。全力疾走じじいとは、やってくれるではありませんか。お笑い大国・大阪のお隣でもあるし、今後とも目が放せないですね。では、本日紹介する作品はこちらになります。
【題名】
柘榴坂の仇討

【製作年】
2014年

【製作国】
日本

【鑑賞手段】
映画館

【おすすめ度】
おすすめ!

【あらすじ】
 安政七年三月三日、江戸城桜田門外で大老の井伊直弼(中村吉右衛門)が襲撃され殺害される。主君を守り切れなかったことを悔やんでも悔やみきれない彦根藩士・志村金吾(中井貴一)のもとに、仇を討てとの藩命が下る。明治の世になり時代が大きく変わっても武士としての矜持を持ち敵を探し続ける金吾。一方水戸浪士・佐橋十兵衛(阿部寛)は井伊直弼殺害後、俥引きに身をやつし孤独の中に生きていた。そして明治六年二月七日、仇討禁止令が布告される……。
あらすじの続きはこちらをクリック。 (MovieWalkerより引用)


【感想】
 この「柘榴坂の仇討」は、歴史小説から現代劇まで幅広いジャンルを手掛ける浅田次郎の短編小説を映画化した作品です。大老・井伊直弼の近習であった志村金吾役には、「麒麟の翼 ~劇場版・新参者~」の中井貴一。井伊直弼襲撃犯の一人であった佐橋十兵衛(直吉)役には、「テルマエ・ロマエII」の阿部寛。金吾の妻である志村セツ役には、「鍵泥棒のメソッド」の広末涼子。監督は、「沈まぬ太陽」の若松節朗。

 最近の時代劇は、バリエーションが豊かになったものですね。先日紹介した「るろうに剣心」が圧倒的スピードの殺陣で観る者を魅了するのに対し、本作は殺陣はあるものの物語の中心は武士の誇りと妻との愛情を描いたヒューマンドラマといったところ。でもね、この2作品に関しては、根っこの部分では共通するメッセージを含んでいると個人的には思いました。それは、”生きる”ということです。

 「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という有名な一節があります。いわゆる武士としての心得について述べられた「葉隠」という書物の中で述べられた一節です。この一節には、大きく2つの意味が込められていたそうです。先ずは、この一節に書かれている通り、生きるか死ぬかの場合は、必ず死ぬほうを選択するということ。特に戦時中は、こちらの意味のみ重要視されたため、未だにこのように解釈されることが多いと思われます。そして、もう1つの意味は、人間死ぬ気で活路を見出せば自ずと道が開けるといくということ。本作の序盤でも、井伊直弼が同様の事を我々にも理解しやすい言葉で説明してくれています。また、昔の武士は無駄に死ぬことを犬死と言ってましたからね。こちらの方が、現代人の我々にはしっくりときます。この解釈の変化こそ、この2作品を生んだのかもしれないですね。

 で、本作の個人的評価なのですが、何というか、”超おすすめ!!”まで、もう一息の”おしい”作品でした。先ず最高によかったのが、主人公の志村金吾を演じた中井貴一と佐橋十兵衛(直吉)を演じた阿部寛の演技。2人とも人としての幸せを完全に捨て去り、ただ死ぬために生きるという悲しい男を見事に演じていました。でも、この2人より良かったのが、金吾の妻であるセツを演じた広末涼子。セツが不幸なのは、時代が明治に変わったにも関わらず、実質的には意味のない仇討ちにこだわっている金吾のため。これこそ、完全に金吾の我がままなのです。そんな夫を支えるセツは、誰もが同情すると同時に応援したくなる存在でした。

 しかし、残念だったのがあらすじ。全体的には良かったのですが、伏線の張り方と回収が安直すぎるたんですよね。大好きな殿(井伊直弼)が生前に語っていた言葉を聞いていた金吾、愛する妻を犠牲にしている金吾、にも関わらずこだわっていた仇討ちを止めたのが椿の花とは…。凡人の私には想像すらできないが、仇討ちを止めるに納得できる別の何かが欲しかったですね。

 このように「柘榴坂の仇討」は、あらすじに”おしい”部分があるものの、中井貴一、阿部寛、広末涼子の名演が光る作品となっております。になみに、本作一番のお勧めシーンは、金吾と十兵衛の殺陣ではなく、ラストで金吾がセツの手を優しく握るシーンです。では、本日はこの辺で ьчёьчё━━━ヽ(○´Д`○)ノ━━━ьчёьчё 。


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